ハッカーと画家

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【失恋エントリー】彼女と別れて2年経った

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先日彼女と別れて2年経った。

 

と気づいた。

 

ちな、みなさんに有益な話ではないので興味ない方はスルーしてください

 

別に今日で半年、今日で1年、2年なんて数えていたわけではない。

 

 

例えば季節がそういうことを思い出させる。

それは季節の良いところでもあるし、悪いところでもあるように思える。

 

僕の場合本当に数えていたわけではなく、それを思い出させたのは映画だった。

 

『ファンタスティックビースト』

 

そのシリーズ2作目を先日近所の映画館で見終わった瞬間、ふと思い出した。

 

 

一作目の公開日は2016年11月23日だった。

その時はもう彼女に振られていたから、隣にいる友達とではなく、彼女と見たかったと映画が終わった瞬間に思った。彼女と僕の感性は合っていたから、僕は同じものをみて感動したかった、共有したかった。そう思える内容だった。

 

それからちょうど丸2年経った。

 

よく、シリーズものを恋人と観ると、別れた時に〜とか世間では言われている気がするが、結果として見ていなくても僕の場合、思い出してしまっているではないか。ネガティブではないがポジティブでもない記憶として。

 

まあ何か今僕に傷が残っているわけでもないのでそれはありがたいことだ。

 

僕と彼女の出会いは小学校3年生の時だった。

彼女が僕の小学校に転校してきた。

 

僕はよく言えば目立ちたがり屋な男の子で、彼女にもよくちょっかいをかけた。

 

彼女は岡山から引っ越してきたと言った。

「前は何組だったの?」と僕が聞くと「いぐみだよ」と彼女は言った。

何言ってんだこいつと思った。いぐみがなんなのかわからなかった。でも忍たま乱太郎のあいつらは『1年は組』だったことを思い出して、ああ!いろは順か!と思い、『い組!』と脳内変換した。他にも彼女の話の中には『はと子』という人が出てきて、変わった名前の友達がいるんだと僕は本気で思っていた。それから、妹の名前がカヅキで、カズキが完全に男の名前だと思っていた僕はそれは男の名前だと言って、彼女を困らせた。僕はなんでも言ってしまう子だった。良くも悪くも納得できないと前に進めなかったんだと思う。先生にも嫌われていただろうし、親も大変だったと思う。親へ感謝。

 

女の子に対して、小学生の男の子の僕がそういったちょっかいをかける理由が気にして欲しいからなのは僕も誰かに言われるまで気づかなかったが、たしかにそうだったと思う。でもコンパスの針の方を女の子に刺したことが一回あったがあれも気にして欲しいからだったのか。というわけで、好きだからちょっかいをかけるというのは少しだけ安直過ぎるかもしれない。

 

とにかく彼女はもう感情が豊かすぎて、少しのことでも泣いていた気がする。

 

3年生で出会ったが、5年生では別のクラスになり、隣の教室だったが顔を合わせることが減り、遊ぶこともなくなった。

 

僕は5年生の終わりの頃、彼女がまた転校するという話を聞いた。

 

僕はもう別のクラスだったので、特に遊んだりといったことはなかったのだが、6年生になって最初の体育館で行われた全校集会で、彼女がとなりにいるのをみて、「なんでまだいんの」と聞いたのが小学校生活最後の会話だった。「なんでまだいんの」と聞いたのをはっきり覚えている。

 

6年生の僕は別の女の子が好きだった。その子も同じように僕と仲良くしてくれていた。中学に上がってもその子と同じクラスだったことが嬉しかったし、その頃の彼女に対しては特に特別な気持ちはなかったと思う。

 

中学では小学校時代と比べるとほとんど女子と口はきかなかった。

恥ずかしながら典型的なこじらせ思春期ボーイだったと今では思う。

特に可愛い女子とはまともに話せなかった。同じクラスになった好きだった子ともすごく些細なことが原因で一方的に話さなくなった。僕はいつも仮面を被っていた。

 

僕は勉強ができたし、字も綺麗だった。少なくともどちらも自信があった。

だから授業中、わからないことをそのままにして、隣の男子の答えを写す姿や、綺麗とは言えない字で書かれたノートを見て、おかしな話だが、勝手に腹を立てていた。

 

もしかしたら僕に聞いて欲しかっただけで嫉妬で嫌いになったのかもしれないが、多分自分のできることができないっていう事象そのものが理解できなかったゆえ、一方的に拒絶したんだと思う。

 

中学時代僕が話した女子は本当に10人くらいだと思う。

 

中学三年生の時、夏期講習から高校受験のため塾へ通った。

 

もともと勉強には自信があった。じゃあどれくらいできたのかときかれるとめざましい結果は出ていなかった。確かに小学校の頃は勉強ができた。しかし今思えば出来て当然だった。うちの親はいろんな習い事を僕にやらせてくれた。僕は塾にも遊び感覚で通っていたため、みんなが遊んでいる時に、少しだけ学校の内容よりも進んだことを勉強していた。でも中学に入ったら、みんな勉強し始めて、僕なんてみんなと何も変わらなかった。むしろあっという間に落ちこぼれて、ついていくのがやっとだった。今思えばここから僕は勉強につまづいた。僕はずっと勘違いしてたんだと思う。自分は特別だって。だから努力をするってことをなかなか知らなかった。努力の中身を知らなかった。やってみて出来ないことは出来ないと思ってたし、そもそも練習してできるようになる努力の過程みたいなものを自身の経験からうまく体得することが出来なかった。これは何も小中学校生活においてではなく、恥ずかしいことに成人してもよくわかっていなかったと思う。もちろん中学も高校も部活に入っていたが、もともと運動神経が良いことからどこかできると思っていて、部活の時間以外で練習することはなかった。勉強も運動も下手に少し出来るってのはかえって身を滅ぼす。

 

少し脱線してしまった。

そんなわけで高校受験のため、中三の夏から個別指導の塾へ通うことになった。

 

ある日、塾へ行きに座席表で自分の名前を探していると、見たことのある名前に目が止まった。そう小学生のころ転校し、また転校していった彼女だった。

 

僕は自習室で勉強している彼女に声をかけた。

彼女は覚えてないといったが、本当は覚えていたけど恥ずかしかったとあとで話してくれた。その時は携帯をもう持っていたから、僕たちはメールアドレスを交換した。彼女はオレンジと白の携帯で、僕は赤いスライド式の携帯だった。僕が誘って、一緒に何回か図書館やフードコートで勉強した。一緒にアメ横やアキバに出かけたこともあった気がする。今思い出してみれば、クラスの女子とはまともに話せないのに彼女とはなんの躊躇もなく話せていた。場所のチョイスは、友達が陸上部で上野に道具を買いに行くんで、よく知っていて、僕も一緒に遊びに行ったことがあったのと、その頃はいわゆる深夜アニメが好きだったので、上野、秋葉原は知っている街だった。中学生の僕は自分が好きな街は彼女も楽しめるだろうと本気で思っていたと思う。

 

彼女は何かあっても決して僕にはきかなかった。例えば僕にコンプレックスがあって、何かを隠していても、どうして、とはきかなかった。彼女は気が使える子だった。彼女の優しさは僕には都合がよかった。

 

彼女が胸につけていたロボット形をしたネックレスを無くして、どこかに落としたと言ったとき、すぐに探そうと言えなかった。彼女は安いからいいと言い、僕もそれならいいかと思った。中学生の僕はマックを奢っていい気になっていた。かっこつけることばっかりで、本当の優しさがわかっていなかった。

 

高校に入学しても、何ヶ月に一回か僕たちは会った。

僕は無事童貞を卒業したり(決して綺麗な思い出ではないが)、たくさん遊んだ。

仮面は相変わらず被っていたが、中学校の時とは違って、女子とも話ようになり、自分のキャラクターを定められていた気がする。ちょっと突っ張っていて、天邪鬼に曲がってしまったが、それもキャラクターとしてどうにかなった。

 

高校2年の時、僕は彼女をディズニーに誘った。

正直誰でもよかったと思う。特に相手がいなかったから都合の良い彼女を誘った。

 

しかし暗闇効果からか心から楽しんでしまい、いままで自分の闇を誰にも話せず、仮面を被っていて、誰にも触らせない雰囲気すら出していた僕に、いきなり仮面を取って近づいて距離を縮めてくる彼女に心を許した。僕は誰かに受け入れて欲しかった、誰かに認めて欲しかっただけだった。

 

僕は偏差値50代の自称進学校に通っていたのに対して、彼女は偏差値60後半の進学校に通っていた。彼女のことが少し好きだったが、自分を受け入れてくれたからって好きってのは都合が良すぎると思い、思いは伝えなかった。

 

しばらくして高校で彼女が出来た時、それを伝えた。

あとで彼女は告白してないのに振られた、と言っていた。

 

彼女は高校でまた転校した。

それも今度は海外へ。

その関係で一年留年した。

 

僕も一浪したので、同じ年に大学生になった。

僕は現役で全落ち、で浪人生だった。

 

彼女はAOで大学を受けていたので、合格発表は先だった。合格したことを聞いて、まあ何気なく食事に誘った。おめでとう、今度飯でも行こうよ、そんな感じの軽い感じだったと思う。ちなみに高校の時から、浪人中もずっと彼女はいた。でも僕は彼女意外の女の子とも会うことはあったし、彼女は嫌そうだったけど、前からあった人間関係なんだから口を出すのはおかしくね、って思ってた。

 

彼女と付き合って、彼女が高校の時の男友達とあっているのは本当に嫌だった。

彼女は僕になんでも話してきた。

話せないことがあるのは嫌だとも言っていた。

僕は我慢して聞いていたが、あんまり大人になれなくて、嫌な態度をしたような気がする。僕は元カノを思い出した。前からあった人間関係に口を出すのはおかしいと思っていた。その頃はその人間関係があってこその相手で、だからそれを否定することはおかしいみたいな持論があった。でも実際自分がされてみるとまあそれは嫌な気分だった(笑)僕は子供だった。

 

どこへ行ったのか覚えてないがイタリアンだった。それから特になにをしたわけではないが、本屋へ行ったりした。黙って本を読んでいても成立する時間とその心地よさに不思議な気持ちになった。歩いているときの不意に手と手がぶつかってしまう瞬間にドキドキした。僕は人生にこんな隠し要素があるんだなと本気で驚いた。

 

受験は全然ダメだったが語学系に進んだ。

 

今思えば少なからず彼女と同じフィールドで勉強したいという気持ちがあったからかもしれない。でも僕は今までの人生で素直じゃあなかったし、人が右と言えば左へ本当に行くくらい天邪鬼だったので、一度くらいは人の勧める通りにしてみようと思った。彼女は難関私立の国際系の学部だったから。そんな不純な理由で決めた。歴史の偉人だって動機は絶対不純に決まってる。特に後悔はないが語学が手段でしかないのはみんなあまりわかっていない気がする。僕はその身につけた語学で何ができるのか。

 

結局お互いに進学して、そのあとで別れた。振られるとき、一言「頭でっかちにならないで」と言われた。その意味まだよくわかってないかもしれないけど、僕はユーモアは大事にするようになった。今までは色んなことに厳しすぎた。昔はあんなに頑なに拒んだのに、今となってはどうでもいいこともたくさんある。ハードルなんて自分であげてるだけだし、結局怖いだけだったと思う。楽な方に逃げるのは今も変わってない。「 自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という言葉がある。リクルートの江副さんが言った言葉らしいけど、本当にその通りだと思う。待ってる奴はクソだ。よつばと!の「いつでも今日が、いちばん楽しい日」という言葉がある。つまんないなら変える。それだけだ。

 

問題は別れてからの2年だ。最初は喪失感がすごくて、だってなんとかレンジャーのピンクがいきなりいなくなったんだから、寂しいだろ。例えが下手くそすぎる。何かで紛らわすようなことはあまりしなかった。だからといって僕に合うのはあの子だけだとか言ってこじらせもしなかった。何人かの女の子とは寝た。それでもその誰とも付き合う気は初めからなくて、傷付けたと思う。でもいつもセックスはするけど付き合うのはポリシーに反するみたいなスタンスをはじめに説明したと思う。相手にも遊びの関係でいるようにと伝えることでそうしてきた。ありがたいことにアタックされたこともあったし、自分から良いなと思って誘った女の子もいたけどうまくいかなかった。

 

この前おじさんに「お前ときめいてるか」って聞かれたけど、「はい」とはいえなかった。それは問題だった。その問題を解決しようと思ったけど、今回も負けたと思う。